柏崎・長岡(旧柏崎県)発、 歴史・文化・人物史
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 このところ、明治前後の文献など手当たり次第読んでいる。 とは言うものの、どうも体調の宜しきを得ず、あれを読まねば、これを読まねばと思いのみが先行するばかり。 まあ、それでもと、気を取り直して、拾い読み。 有名なものは、この際、飛ばし、日記とか覚書に目を通す。 その一つが、福沢諭吉の文集である。

 そして、面白いと思ったのが、『覚書』だ。 何と言うか、本音がキラリと光るのが愉快なのである。 例えば、その冒頭の一文がある。 それを引用してみよう。 以下、原文(『福沢諭吉選集』、岩波書店第12巻)。

 「有名有用の人物が出来ても、兎角、其生まれ故郷にては之を軽蔑するの風なり。 西洋諸国にては此事如何。」

 現在から見れば、全く逆の感があるが、その時代背景を知る上で、この一文は重要である。 例えば、「故郷に錦を飾る」という言葉がある。 また、「錦(にしき)を衣(き)て夜(よる)行くが如(ごと)し」とは、『史記』にある楚の項羽の言である。 漢文が教育の基本に在った江戸時代、それが、明治になると、福沢諭吉に言を借れば、逆転しているのである。 これは、どういうことだろう。 因みに、この『覚書』は、明治8年9月頃から書き始め、明治10年辺りまで書かれたもののようだ。 同書後記によると、この頃は、『学問のすすめ』が14冊まで刊行され、『文明論之概略』の就筆が終わり、読書思索に専念していた時期だそうだ。 

 確かに、出身地で苦労し、後に成功した人に対し、一種の「やっかみ」、あるいは嫉妬心があることは事実だろう。 しかし、そんな場合でも、余所者から、その人を批判されると、寧ろ擁護するのが常ではないか。 してみると、成功して故郷に錦を飾らなかったことが、「軽蔑の風」を生んだのであろうか。 また、これは、福沢諭吉自身に限定された感情なのか。

 長年、柏崎や長岡近隣の先人の足跡を追ってきたが、多くの場合、地元の人々が、そうした先人の存在さえ忘れられている事実にしばしば遭遇する。 30年以上新潟県に住んでいるが、依然として余所者である自分の感覚からすると、実に不可思議なのである。 例えば、柏崎を例に挙げれば、フランス文学者である杉捷夫や政治学者である蝋山政道などが揚げられる。 杉捷夫の父・卯七(日本石油研究所初代所長ほか)は山口県の出身ということもあるのだろうが、蝋山家は、柏崎大洲で古くから越後のちりめんを扱った大問屋(売り子の総元締め)であり、後に、高崎に造り酒屋の株を買い、祖父母を残し高崎に引っ越すのだが、子供たちは、大洲小学校で学び、旧制柏崎中学を卒業しているのだ。 因みに、蝋山政道は、一般的には、高崎に引っ越したから高崎出身ということになっている。

 こうしたことが(忘れられている事実)、「軽蔑の風」に当たるのだろうか。 若しそうであるならば、地域の衰退の原因であるとも考えられるのだが。

 単に、『覚書』の冒頭の文のみから想像するには短絡に過ぎるのかも知れない。 しかし、これが冒頭に書かれているのである。 私事だが、旧制中学の校長の足跡を追う上でも、このことは重要である。 羽石重雄は、後に故郷である福岡の庄村に帰るのだが、その後の消息が掴めない。 それどころか、現在、福岡に羽石という姓さえ未だ見つけていないのである。 各地の旧制中学の校長を歴任して、故郷に帰えれば、一般的な感覚として、それなりの尊敬を得、それなりの地位に就き、家系が末代まで続くものと考えていたのだが、さて、どうしたものかと思案する。 因みに、もう一人の旧制長岡中学校長である橋本捨次郎は、学習院教授、旧制松山高等学校長を歴任し、神奈川県の葉山を終の棲家としたそうだが、葉山町などに問い合わせても、記録を発見することが出来なかった。 彼の場合、滋賀県彦根の出身だが、捨次郎の名前から推測すると、長男ではないことから彦根には戻らなかったのかも知れない。

 本当は、『覚書』に見られる福沢諭吉の諧謔的な表現の面白さと時代を感じさせない内容の愉快さを紹介する積りが、思わぬ方向に展開してしまった。 ただ、当時の生まれ故郷の「軽蔑の風」については、現在をも観て、検証する必要を感じたのである。

Best regards
梶谷恭巨


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