柏崎・長岡(旧柏崎県)発、
歴史・文化・人物史
「1903年(明治36年)には、ショウペンハウエルやニーチェの思想に育てられた青年たちは、「生きる意志の否定」を実行し、日光の華厳の大滝に飛び込み自殺することが流行した。」
「華厳の大滝に飛び込み自殺」の流行というのは、同年5月22日の一高生・藤村操の華厳の滝投身自殺の影響によるものだろう。 どういう訳か、藤村操の事件の話は、中学生の頃には、知っていた記憶がある。 もしかすると、母方の祖母から聞いたのかも知れない。 祖母は明治36年1月31日生まれだから、勿論、この事件を知る由もない。 ただ、私事だが、祖母は、広島の山中高等女学校(広島高等女子師範学校の前身)の出身で、当時から所謂文学少女であったようだ。 少々事情があるのだが、尼僧院に入ろうとしたこともあるらしい。 もしかすると、藤村操の死は、青年ばかりではなく、少女の間にも長く尾を引いていたのかも知れない。
まあ、そんなこともあり、藤村操は常に気になる存在であった。 ニーチェやショウペンハウエルなどの哲学書を読み始めたのは、中学の3・4年生の頃からだが、勿論、深い意味は理解できない。 ただ、何となく惹かれるものがあり、本だけは集め始めた。 余談だが、『事物誌』には登場しないが、私が最も傾倒したのはキルケゴールだった。 話を戻そう。 今の人は、藤村操のことをほとんど知らないだろう。 そこで、藤村操について若干触れる。
藤村操は、明治19年7月、札幌の屯田銀行頭取・藤村胖(ユタカ)の長男として生まれた。 その後の経歴は省略するが、藤村操の名前が今に残るのは、一高で夏目漱石の教え子であったことだろう。 華厳の滝に投身自殺したのは明治36年5月22日のことである。 およそ16歳と10ヶ月。 息子とほぼ同年である。 それだけに、自分のその年頃のことも思い出し、改めて考えさせられるのである。
藤村操の死は、漱石にとって大変なショックであったようだ。 漱石の鬱の原因とも云われている。 作品の中にも、しばしば登場している。 『ぼっちゃん』、『草枕』、『抗夫』のほか、『文学論』(第二編第三章)に、また、明治37年2月8日付、寺田寅彦宛のはがきには、『水底の感』として、藤村操の恋人が後を追って投身するという虚構の詩を書いている。 「水底の感 藤村操女子
また、『夢十夜』の「詰らないから死なう」というのは、『漱石全集』(第12巻『小品』)の注解で、藤村操の投身自殺後、青年の自殺が多くなり、明治39年7月刊の『風俗画報』に「青年の厭世家に告ぐ」を書き、「詰らぬ」が繰り返されているのが注目されるとし、これが『夢十夜』の該句に反映したものと解している。 前後するが、辞世である『巌頭之感』も紹介しておこう。 悠々たる哉天壤、 内容に付いては言及しまい。 言及すれば『死に至る病』が再発するかも知れないから。
そこで、何かしら暗示するのが、家系とその後の家族の動向である。 操の祖父は、盛岡藩士・藤村政徳で、維新後、北海道に渡り事業家として成功した。 (藤村政徳・胖ともに『北海道人物史料目録』(『北海道立志編』を含む)に記載が無い。) 弟・朗は建築家で三菱地所社長、妹の夫・安倍能成(ヨシシゲ)は、一高校長、幣原内閣で文部大臣、学習院院長を歴任した教育者であり哲学者で、夏目漱石の門下。
私事だが、私が入学時の学習院院長が安倍能成先生だった。 戦後、学習院はGHQによって一時解体され、国立から私立になった。 その再生私学の初代院長だったと記憶する。 また、入学当時、学習院の入学金は、私学でも最も低く、且つ、奨学制も、「安倍能成賞」という形で、貸与ではなく給与だった記憶がある。 こうした戦後の学習院独特の教育方針を確立されたのが安倍先生で、学生運動が激しかった当時、日本あるいは世界を代表する各分野の学者(政治学の岡義武先生、法学の中川一郎先生、社会学の清水幾太郎先生、国語学の大野晋先生、数学の彌永昌吉先生、哲学・論理学の久野収先生、若手では心理学の田中靖政、社会学の香山健一先生、経済学の島野卓爾先生など)が学習院に集中したのも、安倍先生の尽力だった。 もう一つ付け加えると、先に挙げた先生方に、個人指導して頂いた事に今も感謝している。 こういうことが可能だった時代なのだ。
「流行」という本論から外れてしまった。 ご容赦。 ただ、「ある旧制中学校長の足跡」とも関係が深いので、機会を見て、また触れることになるだろう。 |
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1947/05/18
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