柏崎・長岡(旧柏崎県)発、 歴史・文化・人物史
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 前回に続き、その四「御狩塲燒」の本文を原文のまま掲載する。

御狩塲燒
 

御狩場燒(おかりばやき)と云ふ名は、何時頃から出たのであるのか、昔將軍が鷹狩に出る處を、御狩場と(とな)へられてゐたから、古い名かも知れないが、普通鴨料理と呼ばれてゐた。鴨場で晝飯(ひるめし)に出る料理であるから御狩場燒と云ふのだらう。

 鴨場と云ふのは、外國には何處にも無い日本獨得の鴨獵をする處である。眞中の大きな池から、一寸曲って放射狀に小堀が引いてあって、堀の兩側には土手がる。大池から小堀の奥の突當りには、能くかくされた(のぞ)きがあって、小堀の様子を小さな穴から見ながら、鴨の餌を撒いてやるのである。樹木の植込竹藪等で、何處からも見えない様に隠されてゐる大池には、何千と知れない色々の鴨が、囮の家鴨と交って休んでゐる。小堀から浮いて流れて來る餌をあさりながら、囮の家鴨に連れられて、小堀深く入り込んだ時を見計って、大きな又手を持って小堀の土手の後から、左右四人位づつ出ると、小堀の中の鴨は驚いて飛び立つ處を、又手でかぶせて捕るのである。

 この獵は餘り古いことではなくて、徳川の中期後に始まったと聞いてゐる。捕り逃がした鴨が大池へ戻ると、他の鴨にも影響するから、鷹匠が拳の上に鷹を乘せて、又手を持つ人の後に控へ、又手のぁぁらない鴨には、すぐ合せ捕るのが本來だ。鴨場では一切口をきかず、足音を立ててもいけないから、誠に悠暢(ゆうちょう)なのどかな獵だ。

 鴨料理は、臓物も肉も丁度すき燒のやうに切って各自の皿に盛ってある。鍋は一人に一枚、小判形の廻りの縁だけが少し高い平鍋である。厚さは二分位の鐵板だが、兩面とも全く同じに出來てゐる。鍋と云ふ程深くはないから燒き(ばん)と云ふのが良いかも知れない。火が過ぎて鍋の中が焦げつくと、鋏で裏返して使ふのである。さうして丁度鍋の大きさに合ふやうな、七輪が銘々に用意してあるから、肉や葱を先ず醤油をつけてから、平鈑の上に乘せるのである。肉の盛られてゐる皿の中に、醤油がに入れてあるのが本式のやうだ。この料理から見るち、今日のすき燒は、昔狩場で捕れた獲物を喰べるのに、鍬を能く洗ってその上で燒いたから、すき燒と云ふのだとの説もあるが、御狩場燒と云ふ名前と並んで、すき燒も、御狩塲燒も、どちらも正しいのかも知れない。

 御狩塲燒は無論鴨に限らない。併し脂のものでないと、すぐ鍋に焦げついて火加減が面倒だ。だから鴨が最も合ってゐる。鴨の中で最も旨いのは小鴨である。小鴨の肉が、薄く切られてゐるのを鍋にのせ、一方だけ燒いて、上の面はまだ半燒位のが一番旨いやうに思ふ。戰前は新橋から電車通りを僅か銀座に二、三軒行って左の細い路地を西へはいった處に、鳳と云ふ腰掛けの小料理屋があった。野鳥は凡て小鳥でも、雉、山鳥でも、あらゆるものを喰べさせたが、専門料理は御狩塲燒であった。

 上方は東京よりも家鴨が賞味されてゐるから、御狩塲燒が廣まりさうに思ふ。或はに出來てゐるのかも知れない。それと同じやうに、東京には豚の御狩塲燒が出來て良いと思ふ。豚は牛肉よりもこの料理に適してゐると思ふが、それには肉の場處の選擇次第だと云へよう。

すき焼を家で、たまに牛肉のロース燒を喰はせる處がある。その料理は全く御狩塲燒と同じである。眞中に醬油溜りも何もない平面な平鍋に、先づ牛の脂の四角に切ったのを敷いて、その上で肉を燒く。燒けたのに醬油をつけて喰へる處は、成吉斯干料理と同じである。違ふ處は鍋に穴が明いてゐないから、焔で直接に燒かない處だけだ。この方が牛肉のすき燒よりは、遙かに旨いと思ふが、これも肉の吟味がむづかしくて、適當の肉が餘計ないから、すき燒のやうに簡単に行かない。それを喰はせたのが、牛肉屋の豊國であった。

 本郷の、大學の裏門を出て、からたち寺に向ってすぐ左へ曲ると、突當りの門構への家が豊國だ。慥か明治十年西南役の大立物の一人、桐野利秋の住んだ云へだとか聞いてゐたが、高低のある良い庭であった。門をはいるとすぐ斜右(ななめみぎ)に、靴のままテーブルで、すき燒の喰べられる座敷があった。そこへは大學の敎授連中が、(ひる)には能く見えてゐた。ここで註文すると、ロース燒を出して呉れたが、火の加減から肉迄、普通のすき燒と違って吟味が良くしてあったから、何處のより旨いと思はれた。

 次回は、「天ぷら」を掲載する。
 Best regards


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