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柏崎・長岡(旧柏崎県)発、 歴史・文化・人物史
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『与板史こぼれ話』『同続こぼれ話』『与板財閥史』の三編が一冊になった本がある。この中に戊辰戦争に関する記述があるのだが、著者・前波善学氏によると、確かな史料として、大澤孚(まこと)著『与板戊辰史要』が揚げられている。そこで検索して見ると、近代デジタルライブラリーに収録されていることが判った。そこで、この『与板戊辰史要』の目次をみると、第十一章が「松宮雄次郎と村山半牧」である。先ずは、その「松宮雄次郎の事」を紹介しよう。以下原文。尚、旧漢字および假名使いは現代文にまた句読点についても改めてある。 

 松宮雄次郎は与板領内観音寺村の民である。彼れは義気に富み先代以来伝統的に任侠を以て居り、常に坐強扶弱(ざきょうふじゃく)の精神を持して郷党の間に重んぜらるゝものであった。

 然るに一朝戊辰の事変に際し我が与板藩が敵中に孤立し苦境に陥るを見、彼れは深く我が境遇に同情し藩の為に尽くさんことことを誓うたのである。即ち四月十一日幕府脱兵隊の暴行あるに際し彼れは来りて其鎮撫に参加し爾後警備施設に対しては領内偵察の事に任じて頗る周到を極め、又警備充実の為には其乾児を供給して非常の場合に備うる等幾多の便宜を与えたるのみならず、松下源六郎一行の水原会議に赴ける時も土田柔助一瀬要人と水原に会見する時も、彼れは陰かに之に追随して水原に到り会津側に於ける裏面の事情を偵知して我れに之を内報し、又は彼我の間に於ける意思の疎通を謀る等実に多大の便益を与えたるものである。

 即ち前記水原会議の際松下源六郎等が決答一日の猶予を請うて旅館に引取りたる秋の如きは、雄次郎能く会津側の内情を諜知し会津側の底意は何等歟(なんらか)の機会を捉えて与板を根拠地とし、即ち与板と長岡と呼応して西軍に抗するの意志に外ならざることを密告したるが如き、又土田、一瀬会見の時には予め雄次郎より我れの苦境衷情を会津側に分疏して我れの立場を弁護したるが如き、皆是彼れが与板藩の為に尽せるものにして多大の貢献と言うべきである。

 抑々(そもそも)、雄次郎は与板領の民なるも夙(つと)に会津藩の為に誘引せられ殆(ほと)んど会津士人の如く扱われて会津藩の為に努力し居たのである。されど彼れは郷土の恩義は忘れ難しと為し我が与板の地が東軍の為に凌辱せらるゝは忍ぶ能わざる所なりとて陰然我が為に尽し居たのである。其後開戦の当時雄次郎は東軍中に在り竟(つい)に西軍の為に囲まれて危急に瀕するの事実あるを知り(六月中旬)松下源左衛門は窃(ひそ)かに彼れの乾児に嘱付して彼れに帰順を勧めたのである。されど彼れは執政の厚意感泣の外なきも今更帰順せば臆病者と世に謡われ、多くの乾児にも合すべき面目なし、唯此上は一死あるのみ必ず厚意に背くにあらずとて乾児を還えし断然帰順を拒絶したのである。

 松宮雄次郎は与板領内の一民なるも素と与板藩士にはあらず、而して彼れが一方会津藩の為に尽し乍(なが)ら同時に又与板藩の為に尽すは矛盾に似て矛盾にあらざるのみならず、松下執政より帰順を慫慂(しょうよう)せらるゝも断乎として之を拒絶する所全く一貫せる義気の存在を見る。嗚呼、雄次郎は真に男子中の男児である。

『与板戊辰史要』書誌
  大正9年5月10日印刷
  大正9年5月15日発刊 (非売品)
  著者兼発行者            大澤孚(まこと)                                                      東京府豊多摩郡杉並村大字高円寺五三七
  印刷者                  本間十三郎
  印刷所                  日清印刷株式会社
                              東京市牛込区榎町七番地

 尚、著者である大澤孚は、『与板藩改革士族卒家禄』(後述)に二十一俵以上改め八石に記載のある大澤平衛門の子孫ではないだろうか。 

(註1)乾児: 乾分の事。
(註2)松下源六郎: 中老
(註3)土田柔助: 与板藩士、弘化2年の『座列帳』に、土田佐次郎(御徒士目付・御勘定人、十石)の記載、廃藩置県時の『与板藩改革士族卒家禄』に、土田柔助(旧五十石以上、改め二十石)の記載があるので、幕末時に昇進・加増があったと思われる。
(註4)一瀬要人: 一之瀬要人(かなめ)隆智、会津藩家老(千三百石)、戊辰戦争で家老中唯一の戦死者。享年三十八歳。
(註5)松下源左衛門: 与板藩家老

 尚、この記載に関しては、後に注釈など加筆する予定である。

Best regards
梶谷恭巨
 

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