柏崎・長岡(旧柏崎県)発、
歴史・文化・人物史
承前。
段落ごとに(▼)、順次注釈を付けたいと思うのだが、
○柏崎文庫中の鯨波村誌 編者がが明治十七年以来、鯨波に就いて見聞せし事左の如し
▲村名 口碑に往古は桂波と言へり、
わきてこの浦の名に立つ鯨波 くもるうしほを風も吹くなり
十返舎一九の金の草鞋に
眞黒になって寄せくる大波は 鯨波ともいふへかりける
(註1)神明社(しんめいしゃ): 伊勢神宮内宮を総本社とする神社。ここでは、鯨波の現・ (註2)由緒記: 各地のそれぞれの神明社に有るようだ。この場合は、「鯨波(くじ (註3)天正の乱: 天正年間、特に天正十年(1582)に上野・甲斐・ (註4)国主上杉公: 時代的に推測して上杉景勝の事。 (註5)同上以下の漢文: 大意、越後の国主・上杉公が本間佐渡守を攻撃した時、 尚、ここに言う「本間佐渡守」は、時代的に見て、
国主上杉公撃本間佐渡守之日越兵会難風 (国主上杉公、本間佐渡守を撃つの日、越兵、難風に会う) 于時念此神明果無恙着岸此磯、 (時に、この神明に念ず、果たして恙なく、この磯に着岸す) 乃大喜己挙鯨波於是書鯨波、云々 (すなわち大いに喜び、己、鯨波に挙り、ここに於て鯨波と書し、 (註6)康(こう)平(へい)三年: 1060年、後述する道興准后は室町時代の人なので、 (註7)聖護院門跡道興准后(みちこうじゅんごう): 聖護院は、京都左京区聖護院の本山修験宗総本山。道興准后(14 (註8)廻国雑記(かいこくざっき): 『廻国雑記』は、道興准后が著した紀行で、文明19年(1487
【柏崎市】 柏崎を過ぎけるに、秋風いと烈しく吹きければ、 おしなべて秋風ふけば、柏崎 いかが、葉もりの神はすむらむ 【柏崎市青海川、笠島、鯨波】 あふみ川、かさ島など打ち過ぎて、 わきてこの浦の名にたつ鯨波 曇るうしほを風も吹くなり 【柏崎市安田、山室、小国町三桶、川西町木落】 やすだ、山むろ、みをけ、しぶ川、大井、 初秋の露にぬるてふうるし山 今一しほぞ、風も涼しき 壷池といへる里にしばし休みて、或人に遣しける俳諧うた、 あぢ酒をすすむる人もなき宿に 水のみわくや。壷池の里 これより、くつぬぎといへる里を過ぎ侍るとて、我も亦、 ふくろふといへる里にて、ねざめに思ひつつけける、 此の里のあるじかほにも名のるなり 深き梢のふくろふの声 あひまた、湯の原、などいふ所を分け行き侍りけるに、 すむ水はありともみえぬ池の原 尾花さわぎて、高き波かな 此の原をうち過ぎて、なぎなた坂といへる所をこえ侍るとて、
(註8)十返舎一九の金の草鞋: 『諸国道中金の草鞋』の十四、柏崎の後。
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プロフィール
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77
性別:
男性
誕生日:
1947/05/18
職業:
よろず相談家業
趣味:
歴史研究、読書
自己紹介:
柏崎マイコンクラブ顧問
河井継之助記念館友の会会員
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