柏崎・長岡(旧柏崎県)発、 歴史・文化・人物史
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承前

 希臘(ギリシャ)羅馬(ローマ)等から見れば、北狄(ほくてき)西戎(せいじゅう)であったアングロサクソンやゲルマン族は、今日に到っても料理は下手(へた)だ。これらの國は料理屋の料理よりは、(かえ)って家庭の料理が發達(はったつ)してゐるやうだ。と云へば眼の前で()いてくれるロンドンのビフテキや、ローストビーフを讃美(さんび)する人達からは抗議が出るかも知れないが、何と云っても佛蘭西料理と太刀打は無理だらう。イギリス料理は日本料理のやうに、()づ第一に材料の新鮮程度を(とうと)ぶやうだから、古い材料とか、()した物、(ある)ひは鹽物(しおもの)等を、旨くもどして料理することは餘り無いやうだ。佛蘭西(フランス)は肉や鳥、特に野鳥獣(やちょうじゅう)等を料理する時に、最も味の出る時日を季節によって、そらぞれのものについて定めるのが一つの技術のやうだ。野鳥の肉でも、特に雉子(きじ)のやうに少し古くなると味が更に良くなるもの等は、仲々やかましいやうだ。そのために肉類に時を置いて味を出させることを、フェザンテーと云ふ位だ。佛蘭西(フランス)料理も支那料理も新鮮の味の良い物は、新鮮を尊ぶが、乾した物、鹽物等をもどして味を旨くする技能は、一寸(ちょっと)眞似(まね)が出來ない。

 何でも新しくなければ旨くないと()めてゐるのは、味覺三昧に入れない江戸ッ子の云ふことかも知れない。生の(かつお)をすぐ鰹節(かつおぶし)にしても、決して味は出て來ない。あの味は何から出るのか(ある)時間かかって蛋白質(たんぱくしつ)の分解から出るのもあらう。(しか)し鰹節の製造には、必ず(かび)()やせては、又(かび)落しをして、三黴迄生やさせなければ、本當の味が出て來ないと云ふ話だ。さうしてその(かび)の細菌の排泄物(はいせつぶつ)が味の出る一原因だと云ふ研究を聞かされた。駿河湾(するがわん)()れる甘鯛(あまだい)は確かに旨いが、好い鹽加減(しおかげん)乾加減(ほしかげん)にした(この)興津(おきつ)(だい)は更に生より旨い。若狭(わかさ)()れる若狭鯛(わかさだい)乾物(ひもの)は土地で食べるより一鹽(ひとしお)に乾して、京都(まで)持って行って食べるのが(はる)かに旨いと云ふのも、新鮮のものより適當(てきとう)の時が経った方が味の出る例ではなからうか。チーズの味にしても(かび)の生えた(しか)青黴(あおかび)の出てゐるものや、蓋物(ふたもの)に入れて食べる時だけ取り出し、(あわ)てて(ふた)をしないと、テーブルの相客が臭くて(たま)らないやうなものに、本當の味がある。丁度くさやの乾物(ひもの)のやうに味の出るのは、古くなってからでなくてはいけない。北海道トラピストチーズは新しくて味も臭ひもない。

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1947/05/18
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歴史研究、読書
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